──2021年12月19日、都内某所阿佐ヶ谷にて私は某雑誌の撮影のロケハンを行なっていた。確かこの日は12月にしては温かい陽気に包まれていた気がする。
編集者から提案のあった場所を数箇所回りどのような構図が良いか考えつつ、ぼちぼちイメージも固まってきた正午ころ。冬特有の鋭角な日ざしは阿佐ヶ谷の駅前をレーザービームのように突き刺し、すでに日よりも影が多く覆っていた。
煙草を1本吸って帰るかと南口の喫煙所にゆくと、暗くなりがちな冬の装いにしては珍しくビビッドなピンクが映えるネイビーのジャケットを着たおじいさんが所在無げに佇んでいた。20’s STREET STYLE JOURNALの#1をまとめ上げて約1ヶ月、販売や営業などで忙しくあまり写真を撮っていなかったが久々にググッときた。
勇気を振り絞り声を掛ける──
YT「すみません、私カメラマンしてるんですけれど、年配の方のファッションをテーマに写真撮ってまして。すごくこのジャケットがかっこいいなと思いまして……」
OJ「おお、カメラマン?今ちょうど井の頭公園から歩いて来たんよ。ウォーキング協会のイベントで──」
おじいさんは全国に拡がるウォーキング協会の東京支部の会員で、本人含む年配のベテランスタッフ先導で新入りウォーカーさんたちとのウォーキングイベント中だったようである。ちょうど阿佐ヶ谷駅の南口がゴール地点だったと言う訳だ。
YT「そうだったんですね!すごい、4駅くらい!?結構歩きましたね。このジャケットはウォーキング協会のですか?かっこいいですね!」
OJ「そうよ。このピンク色が電車とかですごい恥ずかしくてね。若者やったらええけど老人には似合わんよ。──電車で痴漢なんかしたら目立ってすぐバレるわな笑。」
YT「いえいえ、お似合いですよ。」
このビビッドピンクのイカしたジャケットはウォーキング協会の特注品ということらしい。だからウォーキング中の安全を考慮しての超絶ビビッドピンク仕様というわけだ。それも両胸にはミズノと東京ウォーキング協会のロゴがそれぞれあしらわれた別注ダブルネームである。ドーバー顔負けのコラボだ。
YT「この帽子もウォーキング協会のものですか?」
OJ「うん。これはスタッフ用やね。わたしみたいに年長者はイベントの運営とかもするからそういう時のためにね。」
YT「なるほど〜。帽子の下はヘアバンドですか?」
OJ「これはニット帽やね。寒いからね。」
くぅ〜〜〜!ニット帽+キャップはやばいやんおじいさん。そんなん普通思いつかへんやん。その独創性に思わず心の関西弁が弾ける──
よく見るとキャップのディティールも絶妙である。STAFFよりも太めに描かれたTOKYOの文字、そして落ち着いたゴールドとブラックの配色はビビッドピンクのジャケットにも程よく合っている。ニット帽との重ね着により多少浮き気味になったキャップの被り方もいい感じだ。
YT「ぼくも写真撮ったりでよく歩くんですけれど今までどれくらい歩かれて来たんですか?」
OJ「協会主催のウォーキングは参加したらスタンプもらえるんよ。──それ足したら40,000kmやね。」
YT「40,000km!よんまんって言うと……」
OJ「約地球1周ぶん!」
地球1周!仮に毎日10km歩いたとしてもおよそ10年かかる計算である。話によるとウォーキング協会員は全国で20万人以上いるが、40,000km達成者は数えるほどしかいないらしい。このおじいさん全国屈指のゴリゴリのウォーカーである。……それにしてはおじいさん、下半身の装備がまるで近所のスーパー行くみたいやん。
周りには他の年配会員の方がちらほら。ガチガチのスポーティな服装をしている。メーカーはミズノ・アディダスなど様々であるがランニングコスチューム特有の通気性のよいシャカシャカした素材、シューズも定番のアシックスからYEEZYのようなおしゃれなシルエットのものまで多種多様である。年配の方のほうが足腰の負担が気になるぶん若者よりもしっかりした装備だ。
そんな中にあってこのおじいさんまるで異質──通気性が悪そうなスラックス──スニーカーもイオンの紳士服売り場で買ったような無難なカラーリング──まるでゴリゴリのウォーカーには見えない。地球1周走破するほど歩いたらもう道具なんてなんでも良くなるのだろうか?ランウェイの最後に挨拶に出てくるデザイナーの服が地味なように、イキきった者にしか理解できない未知の領域がそこにはあるのだろうか──?
──地球1周を走破し、己のウォーキング道を極めし者のシンプルな哲学──。おじいさんの下半身を見てそんなことを考えながら写真の構図を決める。12月の冬至も近づく頃、鋭利な日差しと私の妄想がおじいさんを神々しく写し撮った。